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東京地方裁判所 昭和43年(特わ)989号 判決 1973年3月26日

被告人

1

本店所在地 東京都渋谷区神宮前一丁目一七番一号

第一勧業株式会社

(右代表者代表取締役 小林馨)

2

本店所在地 東京都千代田区神田司町一丁目五番地

興亜建設株式会社

(右代表者清算人 高井治典)

3

本店所在地 東京都中央区京橋二丁目一番地

東京観光開発株式会社

(右代表者代表取締役 生田房男)

4

国籍 韓国

住所

東京都目黒区大橋二丁目一番二号

職業

会社役員

金鶴基

一九二三年三月三日生

被告事件

法人税法違反

出席検察官

河野博

主文

1  被告人第一勧業株式会社を罰金四〇〇万円に

被告人興亜建設株式会社を罰金七〇〇万円に

被告人東京観光開発株式会社を罰金六〇万円に

被告人金鶴基を懲役六月に

それぞれ処する。

2  被告人金鶴基に対し、この裁判確定の日から二年間その刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人第一勧業株式会社は、東京都渋谷区神宮前一丁目一七番一号(昭和四三年五月二〇日以前は東京都中央区日本橋江戸橋一丁目三番地)に本店をおき、不動産の売買等を営業目的とする資本金四〇〇万円の株式会社であり、被告人興亜建設株式会社は、東京都千代田区神田司町一丁目五番地に本店をおき、不動産の売買等を営業目的としていた資本金一〇〇万円の株式会社で、昭和四一年一〇月二〇日解散して現在清算中のものであり、被告人東京観光開発株式会社は、東京都中央区京橋二丁目一番地に本店をおき、不動産の売買等を営業目的とする資本金五〇〇万円の株式会社であり、被告人金鶴基は右各被告人会社の実質的経営者として、各会社の業務全般を統轄していたものであるが、被告人金鶴基は、

第一  被告人第一勧業株式会社の業務に関し、法人税を免れようとくわだて、架空の工事費、広告宣伝費の計上および受取割戻金の除外によつて簿外預金を蓄積する等して所得を秘匿したうえ、

一  昭和四〇年七月一日から同四一年六月三〇日までの事業年度における右会社の実際所得金額が二四、四五六、四二三円あつたのにかかわらず、昭和四一年八月三一日東京都中央区日本橋堀留二丁目五番地所在所轄日本橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が八、九八一、〇四五円でこれに対する法人税額が二、六〇九、七九〇円である旨の虚偽の法人税額確定申告書を提出する不正の行為により、同会社の右事業年度の正規の法人税額八、三六八、九六〇円と右申告税額との差額五、七五九、一七〇円を免れ

二  昭和四一年七月一日から同四二年六月三〇日までの事業年度における右会社の実際所得金額が七七、四三四、五六〇円あつたのにかかわらず、昭和四二年八月三〇日前記所轄日本橋税務署において、同税務署長に対し、所得金額が四七、九六二、〇六四円でこれに対し、所得金額が一四、九六〇、一〇〇円である旨の虚偽の法人税額確定申告書を提出する不正の行為により、同会社の右事業年度の正規の法人税額二五、二六三、九〇〇円と右申告税額との差額一〇、三〇三、八〇〇円を免れ

第二  被告人興亜建設株式会社の業務に関し、法人税を免れようとくわだて、売上の除外および架空の工事費、広告宣伝費の計上によつて簿外預金を蓄積する等の不正の行為により所得を秘匿したうえ、昭和三九年一二月一四日から同四〇年一〇月三一日までの事業年度における右会社の実際所得金額が五九、九九五、二二六円あり、これに対する法人税額二二、〇三三、二二〇円を申告納付すべき義務があつたのにかかわらず、右法人税の申告期限である昭和四〇年一二月三一日までに所轄神田税務署長に対し、法人税額確定申告書を提出しないで右期限を徒過し、もつて同会社の右事業年度の法人税額二二、〇三三、二二〇円を免れ

第三  被告人東京観光開発株式会社の業務に関し、法人税を免れようとくわだて、売上の除外および架空の工事費、広告宣伝費の計上によつて簿外預金を蓄積する等して所得を秘匿したうえ、昭和四〇年二月一日から同四一年一月三一日までの事業年度における右会社の実際所得金額が八、〇五九、九五七円あつたのにかかわらず、昭和四一年三月三〇日東京都中央区新富町三丁目三番地所在所轄京橋税務署において、同税務署に対し、所得金額が一、五一六、九五三円でこれに対する法人税額が四一四、一〇〇円である旨の虚偽の法人税額確定申告書を提出する不正の行為により、同会社の右事業年度の正規の法人税額二、七四二、二六〇円と右申告税額との差額二、三二八、一六〇円を免れ

たものである。(右各所得および税額の計算は別紙一ないし五のとおりである。)

(証拠の標目)

(甲、乙は検察官の証拠請求の符号、押は当庁昭和四七年押第六三号のうちの符号であり、右符号の下のかつこ書は立証事実で数字は別紙一ないし四の各勘定科目の番号である。)

判示事実全般につき

一、第四回公判調書中被告人の供述部分および被告人の当公判廷における供述

一、被告人に対する大蔵事務官の質問てん末書一五通(乙1ないし15)

一、被告人の検察官に対する供述調書三通(乙16ないし18)

判示第一の一、二の事実(第一勧業株式会社関係事実)につき

一、登記官作成の登記簿謄本四通(甲(一)189ないし192)(全般)

一、大蔵事務官作成の次の書面

1  第一勧業(株)受入負担金調査書(甲(一)1)(一、二の2)

2  銀行調査書(甲(一)3)(一、二の4)

3  第一勧業(株)仕入調査書(甲(一)4)(一の78、二の678)

4  第一勧業(株)期末たな卸高調査書(甲(一)5)(一の7、二の67)

5  普通預金調査書(甲(一)19)(一、二の9)

一、次の者に対する大蔵事務官の質問てん末書

1  鎌滝明夫(甲(一)2)(一の26、二の6)

2  石毛文雄(甲(一)17)(一、二の9)

3  渡辺宗平(甲(一)20)(一の9)

4  三浦甫(二通)(甲(一)25、26)(一の9)

5  相馬藤栄(甲(一)32)(一の9)

6  古宮半次(二通)(甲(一)3536)(二の9)

7  角田邦男(甲(一)40)(二の9)

8  岸享(甲(一)42)(一の5、二の518)

9  田沢 雄(甲(一)45)(一の5、二の18)

10  大島博(甲(一)46)(二の1836)

11  小林馨(甲(一)50)(全般、特に一の12)

12  吉見義衛(甲(一)51)(全般)

13  鎌滝明夫(甲(一)52)(全般)

一、次の者の検察官に対する供述調書

1  渡辺宗平(甲(一)21)(一の9)

2  三浦甫(甲(一)27)(一の9)

3  相馬藤栄(甲(一)33)(一の9)

4  古宮半次(甲(一)37)(二の9)

5  角田邦男(甲(一)41)(二の9)

6  岸享(甲(一)43)(一の5、二の518)

7  大島博(甲(一)47)(二の1836)

一、次の者の作成した上申書

1  有限会社石毛深井戸工業代表者石毛文雄(甲(一)18)(一、二の9)

2  株式会社日本折込センター松永幹子(甲(一)44)(二の18)

一、株式会社東京タイムズ印刷社経理課長河口房子作成の「大東通信社との取引について」と題する書面(甲(一)48)(二の18)

一、株式会社平和相互銀行町田支店預金担当代理栗本桂三作成の「預金取引内容について」と題する書面(甲(一)49)(二の18)

一、押収してある次の証拠物

1  法人税確定申告書二綴(押23)(全般)

2  法人税決議書二綴(押67)(全般)

3  総勘定元帳一綴(押9)(全般)

4  元帳一綴(押10)(全般)

5  金銭出納帳一綴(押22)(一の9、二の589181936)

6  金銭出納帳一冊(押48)(一の51819、二の5181936)

7  個人別取り決めメモ帳一綴(押49)(一の9)

8  金銭出納帳一冊(押56)(二の9)

9  金銭出納帳一冊(押59)(一の19)

判示第二の事実(興亜建設株式会社関係事実)につき

一、登記官作成の登記簿謄本(甲一193)(全般)

一、大蔵事務官作成の次の書面

1  興亜建設(株)売上明細書(甲(一)53)(二の12)

2  興亜建設(株)仕入明細書(甲(一)58)(二の6)

3  興亜建設(株)期末たな卸高調査書(甲(一)59)(三の5)

4  株式会社大宣社・株式会社大宣関係調査書類(甲(一)94)(三の8)

5  興亜建設(株)販売手数料明細書(甲(一)107)(三の9)

6  興亜建設(株)給料支給明細書(甲(一)108)(三の10)

一、次の者に対する大蔵事務官の質問てん末書

1  渡辺宗平(甲(一)20)(三の7)

2  岩瀬三智郎(甲(一)69)(三の6)

3  磯野一義(甲(一)70)(三の7)

4  川上千代春(二通)(甲(一)7176)(三の7)

5  山口秀雄(甲(一)72)(三の7)

6  寺内邦三(甲(一)74)(三の7)

7  大島博(甲(一)91)(三の8)

8  豊島真之(二通)(甲(一)9293)(三の8)

9  高井治典(二通)(甲(一)110112)(全般)

10  鳥屋部慶蔵(甲(一)115の<1>)(全般)

11  小田切朗(甲(一)116)(全般)

12  鈴木直人(甲(一)117)(全般)

一、次の者の検察官に対する供述調書

1  渡辺宗平(甲(一)21)(三の7)

2  大島博(甲(一)47)(三の8)

3  寺内邦三(甲(一)75)(三の7)

4  泉水雄二(甲(一)79)(三の8)

5  宮沢靖二(甲(一)82)(三の8)

6  伊藤宗徳(甲(一)88)(三の8)

7  高井治典(二通)(甲(一)113114)(全般)

8  植田三郎(甲(一)115)(全般)

一、有限会社吉沢建材店代表者吉沢実作成の上申書(甲(一)77)(三の7)

一、株式会社近代通信社内務部長中村正明作成の「第一勧業(株)等との取引内容について」と題する書面(甲(一)89)(三の8)

一、次の者の作成した「預金取引の内容について」と題する書面

1  三和銀行京橋支店長吉田角一(甲(一)54)(三の4)

2  平和相互銀行大井町支店荒川清隆(甲(一)55)(三の429)

3  住友銀行八重州通支店預金係長井上明彦(甲(一)55の1)(三の4)

4  東海銀行銀座支店兵藤藤夫(甲(一)56)(三の4)

5  神戸銀行銀座支店篠本末男(甲(一)57)(三の4)

6  協和銀行船橋支店久松政雄(甲(一)73)(三の7)

一、押収してある次の証拠物

1  金銭出納帳一冊(押48)(三の6)

2  個人別取り決めメモ帳一綴(押49)(三の6)

3  古和釜608仕入メモ一綴(押51)(三の6)

4  金銭出納帳一冊(押59)(三の7825)

5  領収書三綴(押959798)(三の8)

6  元帳一綴(押120)(全般)

判示第三の事実(東京観光開発株式会社関係事実)につき

一、登記官作成の登記簿謄本二通(甲(一)194195)(全般)

一、大蔵事務官作成の次の書面

1  売上・未収金明細書(甲(一)118)(四の1)

2  東京観光開発(株)仕入・買掛金明細書(甲(一)123)(四の6)

3  東京観光開発(株)たな卸高計算表(甲(一)124)(四の57)

4  支払手数料計算明細(甲(一)145)(四の10)

一、次の者に対する大蔵事務官の質問てん末書

1  渡辺宗平(甲(一)20)(四の8)

2  相馬藤栄(甲(一)32)(四の8)

3  岩瀬三智郎(甲(一)69)(四の6)

4  生田房男(甲(一)151)(全般)

5  西入文夫(甲(一)154)(全般)

6  鎌滝明夫(甲(一)155)(全般)

7  島貫権之助(更(一)156)(全般)

一、次の者の検察官に対する供述調書

1  渡辺宗平(甲(一)21)(四の8)

2  相馬藤栄(甲(一)33)(四の8)

3  大島博(甲(一)47)(四の9)

4  泉水雄二(甲(一)79)(四の9)

5  宮沢靖二(甲(一)82)(四の9)

6  生田房男(甲(一)152)(全般)

一、次の者の作成した「預金取引の内容について」と題する書面

1  東海銀行銀座支店兵藤藤夫(甲(一)56)(四の34)

2  三菱銀行銀座支店山本佑道(甲(一)146)(四の34)

3  静岡相互銀行東京支店川島卓男(甲(一)148)(四の34)

4  東京産業信用金庫虎ノ門支店小野寺俊男(甲(一)149)(四の34)

一、押収してある次の証拠物

1  総勘定元帳一綴(押27)(全般)

2  総勘定元帳一綴(押28)(四の9)

3  金銭出納帳一冊(押48)(四の6)

4  金銭出納帳一冊(押59)(四の8)

5  売上帳一綴(押157)(四の9)

6  確定申告書一綴(押168)(全般)

(弁護人の主張に対する判断)

第一弁護人の主張

一、本件所得の帰属について

本件は、被告人および各被告人会社に対する法人税ほ脱犯をもつて律すべきものではなく、被告人に対する所得税ほ脱犯をもつて律すべきものである。すなわち、本件各被告人会社は、いずれも株式会社としての実体を伴わない単なる登記面上の形式的存在にすぎないものであつて、被告人はその個人事業である宅地造成分譲事業を遂行するための営業政策上の方便として本件各被告人会社の社名を利用したにすぎないものであるから、本件所得の源泉をなす事業の実質上の主宰者は各被告人会社ではなくあくまで被告人個人であり、したがつて右事業から生ずる所得もすべて被告人個人に帰属するものである。よつて、本件は被告人個人に帰属する所得についてのほ脱犯であり、したがつて被告人に対する所得税ほ脱犯をもつて律すべきものである。

二、法人税法一五九条一項および一六四条一項の「その他の従業者」の解釈について

検察官は、被告人が各被告人会社との関係において法人税法一五九条一項および一六四条一項の「その他の従業者」に当ると主張するが、被告人は各被告人会社の実質的な経営者であつたのであるから、右各条項の「その他の従業者」には当らない。

三、被告人に対する役員報酬について

被告人は、各被告人会社の実質的な経営者として各被告人会社のために無定量の奉仕をしたものであるから、各被告人会社について、被告人に対する役員報酬として各月一五万円ないし六〇万円を認容すべきである。(ただし、被告人に対する役員報酬が公表計上されている第一勧業株式会社の昭和四二年六月期を除く。)

四、小林馨に対する役員報酬について

検察官は、第一勧業株式会社の昭和四一年六月期において代表取締役小林馨に対する役員報酬二四〇万円のうち一二〇万円を同人が名目上の代表取締役にすぎないことを理由として否認しているが、右小林馨とは被告人の別名であつて、被告人が小林馨の名前で第一勧業株式会社の代表取締役となつていたものであるから、右二四〇万円は、代表取締役である被告人に対する役員報酬として全額認容すべきである。

五、受入負担金の計上漏等に対する犯意および不正行為について

第一勧業株式会社の受入負担金の計上漏額(昭和四一年六月期二、五七二、〇〇〇円、同四二年六月期三〇、〇〇〇円)、期首棚卸の過大計上額(昭和四一年六月期一、二七九、五四七円)、役員報酬の否認額(昭和四一年六月期一、二〇〇、〇〇〇円)および興亜建設株式会社の雑収入の計上漏額(三〇〇円)については、いずれも被告人において、不正の行為もほ脱の認識もなかつたものであるから、右会社の各年度において、それぞれほ脱所得額から控除すべきである。

六、興亜建設株式会社の無申告について

いわゆる無申告ほ脱犯は、隠匿された利益額の限度においてのみ成立するものと解すべきであるから、興亜建設株式会社のほ脱所得額は、検察官主張の額(全所得額)から公表帳簿記載分を控除した額とすべきである。

第二当裁判所の判断

一、本件所得の帰属について

第四回公判調書中被告人の供述部分および被告人の当公判廷における供述、被告人の検察官に対する供述調書(乙16)、登記官作成の登記簿謄本一六通(甲(一)189ないし204)、小林馨(甲(一)50)、鎌滝明夫(甲(一)52155)、高井治典(甲(一)112)、鳥屋部慶蔵(甲(一)115の<1>156)、小田切朗(甲(一)116)、鈴木直人(甲(一)117)、生田房男(甲(一)151)、西入文夫(甲(一)154)、島貫権之助(甲(一)156)に対する大蔵事務官の質問てん末書、高井治典(甲(一)113114)、植田三郎(甲(一)115)、生田房男(甲(一)152)の検察官に対する供述調書を総合すると、次の事実を認めることができる。

1 被告人の会社設立の目的

被告人は昭和三四年ころから同四〇年ころまでの間に、本件各被告人会社を含め宅地の造成販売を営業目的とする七個の株式会社を設立しているが、被告人が短期間にこれら多数の株式会社を設立した目的は、土地販売のための営業政策(同一の土地を同一の会社名で何回も売出すと土地に新味がなくなり買手がつきにくくなるので、残地については別の会社名で売出すのが得策である。)と租税の軽減をはかることにあつたこと。

2 各会社の設立手続、株主および役員構成

本件各被告人会社を含めた右七個の会社は、いずれも被告人が全額出資して設立した株式会社であるが、その設立手続はいずれも単に書面上の手続を整えただけのもので、出資も被告人個人の見せ金による等実体がなく、発起人、役員、株主等も被告人が内妻、知人、使用人等の名をかりて決定した書面上あるいは登記簿上の単なる名目だけのものであつたこと、また被告人は右各会社の代表者印をすべて管理していて適宜これを使い分けていたこと

3 営業の内容

本件所得の源泉である宅地造成分譲事業の主たる業務である土地の仕入、造成工事、広告宣伝および分譲は、その一切を被告人が計画実行し、セールスマンその他の従業員に対する給与も被告人が決定していたこと、土地の仕入および造成工事については、まず被告人が個人として地主ないし工事人との間で契約を結び、代金は自己の手許資金から支払い、その後分譲会社を既存の会社の中から選択決定し、あるいは新たに設立して、先に取りかわしてあつた被告人個人名義の契約書を地主ないし工事人に依頼して分譲会社名義のそれに切りかえてもらつていたこと、また広告宣伝および分譲については、その土地の所有名義を有する会社の名前で行うのを原則としていたが、ときに販売政策上、右所有名義を有しない会社の名前で行うこともあつて、このような場合には、後に広告宣伝会社ないし購入者に依頼して領収書や契約書の名義を右所有名義を有する会社の名義に切りかえてもらつていたこと

4 資金の管理

右宅地造成分譲事業による収入支出はすべて被告人が管理していたもので、収益はすべて被告人の許に集められ、各会社で資金を必要とする場合には、その都度被告人がその会社へ入金する形をとつていたこと。

以上の事実が認められる。

右認定の各事実を総合すると、本件各被告人会社がそれぞれ一個の組織体として独自に企業活動を行つていたものとは到底認めることができず、いずれも単なる登記面上の形式的存在にすぎないのであつて、その実体は株式会社という法的形態の背後に存する被告人個人であり、被告人が自己の事業の営業成績をあげるための便法として各被告人会社の社名を利用していたにすぎないものといわざるをえない。そうすると、本件宅地造成分譲事業によつて生じた利益はあげて被告人個人に帰属し、したがつて本件所得はすべて被告人個人に帰属するものと一応いうことができる。

しかしながら、会社という法的形態を利用した者は、たとえこの形態をある経済目的達成のための手段として利用したにすぎないとしても、この者と一定の法律関係にたつ第三者に対し、この形態の背後に存する経済的実体を強調して、会社という法的形態に基いて生ずる法律上の責任の回避を主張することは許されないものというべきである。けだし、このように解さないと、個人が会社形態を利用することによつて、不当に利益をあげ、あるいは不当に相手方の利益を侵害する結果を招来するおそれがあるからである。そしてこの理は、私法上の法律関係についてばかりでなく、公法上の租税法律関係についても妥当するものというべきである。

よつて、本件宅地造成分譲事業から生じた所得について、各被告人会社に課税すべきであるとする検察官の主張は正当であり、これに反する弁護人の主張は結局理由がないことに帰する。

二、法人税法一五九条一項および一六四条一項の「その他の従業者」の解釈について

法人税法一五九条一項および一六四条一項の「その他の従業者」とは、法人との間に雇傭その他の契約のあると否とを問わず、事実上その法人の組織内にあつて直接または間接にその法人の業務の運営実施に従事しているすべての者をいい、したがつて代表取締役ではない実質的な経営者も、右「その他の従業者」に含まれるものと解するのが相当である。被告人は、各被告人会社の代表取締役ではなかつたけれども、前記認定のとおり、各被告人会社の実質的な経営者としてその業務全般を統轄掌理し、本件各法人税ほ脱の実行行為にあたつたものであるから、右各条項の「その他の従業者」にあたることは明らかである。

よつて、弁護人の主張は採用することができない。

三、被告人に対する役員報酬について

第四回公判調書中被告人の供述部分および被告人の当公判廷における供述、各被告人会社の総勘定元帳(押927120)および法人税確定申告書(押2168)によると、被告人は、弁護人主張の年度において各被告人会社から役員報酬の支給を受けていなかつたし、またその支給を受ける意思もなかつたことが明らかである。したがつて、右各被告人会社について、被告人に対する役員報酬を認容すべきいわれはないから、この点に関する弁護人の主張も採用することができない。

四、小林馨に対する役員報酬について

第四回公判調書中被告人の供述部分、第一勧業株式会社の登記簿謄本(甲(一)189ないし192)、によると、被告人は、公判廷において、第一勧業株式会社については内妻である小林馨を名目上の代表取締役とし自分は代表取締役となることなく実質的な経営者としてその業務全般を管理運営していた旨供述していること、右会社においては設立以来引続いて小林馨が代表取締役となつているが、この間被告人が金城鶴基の名前で取締役に就任していた時期もあつたこと等が認められるのであつて、これらの事実によれば、小林馨とは被告人の別名ではなく、まさに被告人の内妻である小林馨その人を意味しているものと認めるのが相当である。

よつて、弁護人の主張はその前提を欠き主張自体失当なものというべきである。

五、法人税ほ脱犯の成立範囲(弁護人の主張五および六)について

法人税ほ脱犯におけるほ脱の犯意は各勘定科目ごとの個別的な犯意である必要はなく、脱税の意思で不正経理等の脱税の手段を講じ、その結果過少な申告をしあるいは申告をしないことの認識があれば、かりに所得の一部について脱税の認識がなかつたとしても、客観的に免れた全税額について、すなわち過少申告ほ脱犯にあつては実際税額と申告税額との差額全部について、無申告ほ脱犯にあつては実際の全税額についてそれぞれ犯意がおよび、したがつてそれぞれその範囲で法人税ほ脱犯が成立するものと解するのが相当である。

被告人の検察官に対する供述調書(乙16ないし18)によると、被告人は、各被告人会社について、架空工事費、広告宣伝費の計上、売上の除外等の不正経理の認識および過少申告ないし無申告の認識を有していたことが明らかであるから、いずれも客観的に免れた全税額について法人税ほ脱犯が成立するものというべきである。

よつて、弁護人の主張五および六も採用することができない。

(法令の適用)

1  罰条および刑種の選択

各被告人会社につき各法人税法一五九条、一六四条一項、被告人につき各同法一五九条(各懲役刑選択)。

2  併合罪の処理

被告人第一勧業株式会社につき刑法四五条前段、四八条二項、被告人につき同法四五条前段、四七条本文、一〇条(第二の罪の刑に加重)。

3  刑の執行猶予

被告人につき刑法二五条一項。

よつて、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 高田義文 裁判官 松本昭徳 裁判官 池田真一)

別紙一 修正損益計算書

第一勧業株式会社

自昭和40年7月1日 至昭和41年6月30日

<省略>

<省略>

別紙二 修正損益計算書

第一勧業株式会社

自昭和41年7月1日 至昭和42年6月30日

<省略>

<省略>

別紙三 修正損益計算書

興亜建設株式会社

自昭和39年12月14日 至昭和40年10月31日

<省略>

<省略>

別紙四 修正損益計算書

東京観光開発株式会社

自昭和40年2月1日 至昭和41年1月31日

<省略>

<省略>

別紙五 税額計算書

<省略>

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